概要
- 1990年代の「売れる=ダサい」という価値観の変遷
- Pearl Jamの反商業主義的な行動とその時代背景
- 現代の音楽業界における「売れること」の肯定化
- ポップティミズムと批評文化の衰退による価値観の変化
- 有名人と富裕層への社会的態度の「大転換」
90年代のPearl Jamと「売れること」の意味
- 1992年、Pearl Jamのデビューアルバム「Ten」がヒット
- MTVで「Jeremy」のMVが大量放送され、バンドが一気に スーパースターの地位 へ
- その後、Pearl Jamは MV制作拒否・写真撮影やインタビューも辞退、商業主義への反発
- 「Better Man」というヒット確実の曲も、2ndアルバムから 敢えて外す 決断
- それでも2ndアルバムは 初週で100万枚、累計700万枚以上の大ヒット
- 当時の風潮: 名声=悪、商業的成功と芸術的誠実さの対立
- Kurt Cobainによる「売れ線批判」、ファンや批評家からの「売れる=ダサい」圧力
「売れることは悪」から「売れることは善」への転換
- 90年代は「売れること」=「キャリアを台無しにする行為」とされていた
- MillerのCMに出演しただけで ロックバンドの信頼失墜 という時代
- 反消費主義ムーブメントの時代背景
- Super Size MeやWTO抗議運動、「No Logo」などの反資本主義的書籍
- 学校でも反消費主義の小説が課題図書になる風潮
- 21世紀に入り、「売れること」= スタジアムツアーの誇り、「タイアップ」歓迎の空気へ
- Lady Gagaのオレオ、Iggy Popの保険CM、Bob DylanのVictoria’s Secret出演
- ファンも ブランドコラボに熱狂、批判はほぼ消滅
「売れること」が受け入れられるようになった理由
- ハイパーコマーシャリズム 自体は新しい現象ではないが、現代では「売れること」へのスティグマが消滅
- かつては「芸術」と「エンタメ」、「シングル」と「ジングル」の区別が明確だった
- 今や「大衆の支持=正義」「批評家の権威の失墜」
- インターネット普及で 批評家と一般人の発言力が同等化
- カジュアルな消費者は「良い音楽」よりも「心地よさ」を優先
ポップティミズムの影響と批評文化の衰退
- ポップティミズム :ポップ音楽も他ジャンルと同等に評価すべきという考え方
- かつてのロック主義(ロックだけが本物)への反動
- 批評家が「芸術の優劣」を語ること自体が忌避されるように
- 結果、「人気=価値」という単純な評価軸が主流に
「有名人」への憧れと「金持ち」への反感の交替
- アメリカでは「貧しい人も一時的に困窮しているだけの億万長者志望者」という自己認識(Steinbeckの指摘)
- 近年は「金持ち」への反感が強まり、YouGov調査では 有名富裕層は軒並み不人気
- 一方、 有名人(セレブリティ)への好感度は高い
- Lady GagaやSamuel L. Jacksonは高い認知率と好感度
- 「有名になること」が「金持ちになること」よりも身近で現実的な夢に
- インターネットとSNSの普及で「一夜で有名になれる」道が開かれた
- YouTube、Patreon等の登場で 注目=お金 に変換可能な時代
現代の「売れること」容認の背景
- 若者の多くが「インフルエンサーになりたい」と考える時代
- 「一時的に無名なだけの有名人」という自己認識
- 有名人の商業活動への寛容さは「自分もなれるかも」という期待感の裏返し
このように、90年代の「売れること」への忌避感は、批評文化の衰退・ポップティミズムの台頭・注目経済の発展など複数の要因で崩壊し、現代では「売れること」がむしろ肯定される文化へと大きくシフトした。