概要
- ものづくり に自分で手を動かすことへのこだわり
- AIや他者が作ったもの には達成感を感じにくい心情
- AI時代の開発者の分断 と“作る”ことの意味の変化
- プロンプト作成 と“ものづくり”の違いへの考察
- コンパイラやAI を使った場合の“自分で作った”感覚の曖昧さ
AI時代の「ものづくり」と達成感
- 自分で作ること に大きな充実感を感じる性格
- 他人やAIが作ったもの は、自分の成果として誇れない感覚
- AI開発者コミュニティ で語られる「クラフト(手作業)の喪失」や「高レベル問題解決の増加」などの議論
- 自分の経歴 :Gen-X世代、80年代マイコン時代からのハッカー、CS修士、20年以上の業界経験、現在はOregon State University-CascadesでCS講師
- AI(Generative AIやLLM) を使うこともあるが、手作業コーディングも好む
AI生成物と“自分で作る”の違和感
- AIが生成した小説やアート、コード を自分の作品として誇れない
- 他人に依頼して作ってもらったもの も同様に「自分で作った」とは言い難い
- 例:「デッキを作った」ではなく「デッキを作ってもらった」と表現
- AIに作らせた成果物 にMITライセンスをつけることにも抵抗感
- マネージャー視点 でも「自分が作った」ではなく「チームが作った」「AIエージェントが作った」と言うべきと考える
“作る”ことの本質と達成感
- 自分で手を動かして作ること にこそ誇りや達成感がある
- プロジェクトの完遂 自体は嬉しいが、他人やAIが主導した場合は満足感が減る
- クラフトや問題解決能力の喪失 だけでなく、「自分で作る」体験の喪失が最も大きな違和感
最近“自分で作った”もの
- 妻のためのシンプルなフラッシュカードシステム を手作業でコーディング
- Claude(AI)で情報収集はしたが、コード生成は一切依頼しなかった
- 小規模なコードでも「自分で作った」ことに大きな誇り
- 依頼者(妻)も「自分で作った」とは言わない —依頼しただけでは“作った”とは感じない
プロンプト作成と“ものづくり”の違い
- プロンプト作成 にもビジョン、判断力、コミュニケーション力など重要なスキルが必要
- AIへの依頼は「誰かに作ってもらう」こと と同じで、自分で作る体験とは異なる
- リーダーシップ =「他者にやってもらう技術」と近いが、やはり“ものづくり”とは別物と感じる
コンパイラやAI利用時の“作った感”
- CやRustのプログラム を書いても、実際に動くのはコンパイラが生成した機械語
- 機械語は自分で書いていない が、「自分で作った」と感じる理由は?
- Cコードと機械語の関係が数学的に明確であることへの信頼感
- プラットフォームごとに違いはあるが、根本的な“作った”感は残る
- AI(LLM)がアセンブリコードを生成 しても、元のCコードを書いた自分の貢献を強く感じる
- どこまでが“自分で作った”と言えるか の境界の曖昧さ
まとめ:AI時代の“作る”の意味
- AIや他者の力を借りたものづくり が主流になる中、「自分で作る」ことの意味を再考する必要性
- プロンプト作成やディレクション もスキルだが、手を動かす“ものづくり”とは異なる達成感
- 自分の手で作ること へのこだわりと、その価値の再認識