概要
- MichelangeloのDavid像 を現代の「コンテンツ」と比較するユーモラスな導入
- 「コンテンツ」という言葉の商業的普及の歴史
- ビジネス用語が創作活動の本質を曖昧にする問題提起
- 自分自身の仕事の呼び方を見直す重要性
- 言葉の選択が創作や顧客との関係性に与える影響
ミケランジェロのDavid像と「コンテンツ」概念の違和感
- 初めてMichelangeloのDavid像 を見た時、圧倒的な美しさに涙した体験
- 周囲の 来館者 もスマホから目を上げてDavid像を見つめる様子
- 「レガシーコンテンツ」なのに、 TikTokやInstagram よりも強い「エンゲージメント」を生み出す存在感
- ミュージアムショップの コンバージョン率60% という数字の皮肉な例え
- もしこの表現に納得したなら、 LinkedInのスパムボット かもしれないというジョーク
「コンテンツ」という言葉の広がりと背景
- Michelangelo を「コンテンツクリエイター」と呼ぶ時代が近づいている皮肉
- 「コンテンツ」は ビジネス用語 として創作物全般を指す言葉として普及
- Bill Gatesの “Content is King” (1996年)の影響力
- 「コンテンツ」という言葉が ブログ、音楽、映画 など全ての創作物を指す「スラッジワード」に
- 作家、コメディアン、映画監督 までもが「コンテンツクリエイター」と呼ばれる現状
ビジネス用語と創作の距離
- 2018年に独立し、 自分の仕事を「コンテンツビジネス」 と呼び始めた違和感
- インディー系ビジネスカンファレンスでの ビジネススクール用語 の氾濫
- 例:「バリューキャプチャー」「ディストリビューション拡大」「ライフタイムバリュー向上」など
- こうした用語が 自分の思考や表現 にまで影響していることへの気づき
自分の仕事の呼び方を見直す
- インディーオーナー としての最大の魅力は「自分のやり方」でできる自由
- ブログは「コンテンツ」ではなく ブログ、読者は「トラフィック」ではなく 読者
- 本を書いた時も「インフォプロダクト」ではなく 本、自分は 著者
- 言葉を変えることで、 顧客や読者との関係性 がより人間的になる実感
言葉の選択がもたらす影響
- 「トラフィック」と呼ぶと 人間ではなく数値 として扱ってしまう危険性
- 「読者」と呼ぶことで、 自分の文章に時間を割いてくれる一人ひとり への敬意を再認識
- 顧客を「リード」や「ライフタイムバリュー」と呼ぶことの違和感
- 営業担当者 とのやり取りで、商談相手を「リード」と呼ばれた時の距離感
言葉を選ぶ自由と自分らしさ
- 他人がどんな言葉を使うかを 制限する意図はない
- 自分自身が「コンテンツクリエイター」なのか、 ブロガーやアーティスト なのかを考える提案
- 自分で選んだ言葉 か、無意識に使わされている言葉かを意識する重要性
まとめ
- 商業用語 が創作活動の本質や人間関係を曖昧にする危険
- 自分の仕事や作品 をどう呼ぶかは、創作者自身の自由
- 言葉の選択が、 創作の姿勢や顧客との関係性 に直接影響を与える事実
- 「コンテンツ」という言葉に囚われず、 自分らしい表現 を選ぶことの勧め