概要
- Late Bronze Age Collapse(LBAC) は、紀元前12世紀の東地中海・中東での国家体制崩壊現象
- 主な証拠は 考古学的遺構 や破壊層、粘土板文書など
- 崩壊は 地域や都市ごとに異なる進行・影響度 を示す
- 原因や正確な年代には 未解明な点が多い
- 長期的な影響や文明再編成にも大きな意味を持つ
後期青銅器時代崩壊(LBAC)の概要
- Late Bronze Age Collapse(LBAC) は、紀元前12世紀(1100年代)に東地中海・中東で発生した国家体制の急激な崩壊現象
- この崩壊は、 西ローマ帝国の崩壊 よりも深刻で、文明の終焉に近い規模
- ただし、「完全な崩壊」ではなく、 地域差や例外も多い
- 本稿は 概要解説 であり、詳細議論や専門的な論争は割愛
- 考古学や粘土板文書など 新発見により理解が変化 しやすい分野
崩壊の証拠とその限界
- LBACの証拠 は主に考古学的発掘に依存
- 粘土板などの 碑文資料は断片的 で、考古学なしでは全貌は不明
- 考古学的証拠は「何が起きたか」は示すが、 原因特定や年代特定が困難
- 破壊層(灰や瓦礫の層)や主要建築物の破壊が 時系列的な“波”として観察 される
- ただし、 全ての都市が破壊されたわけではなく、ゆるやかな衰退や無傷の都市も存在
後期青銅器時代の世界
- 紀元前1500〜1200年ごろ、 メソポタミア・シリア・アナトリア・エジプト の国家体制が拡大し、 外交・経済・文化的に緊密に連結
- この状態は「 Late Bronze Age Concert of Powers」とも呼ばれる
- 主要勢力:
- Hittite Empire(アナトリア)
- Assyrian Empire(北メソポタミア)
- Kassite Babylon(南メソポタミア)
- New Kingdom Egypt(エジプト・南レバント)
- 国境は曖昧で、周辺部は 地方王や遊牧民の支配 が多い
- 青銅の原料(銅・錫) は遠隔地からの交易が不可欠で、 経済的相互依存 も強い
- エーゲ海地域(ギリシャ・クレタ) は小規模な国家体制をもち、 交易を通じた統合 が進む
崩壊の進行と地域ごとの状況
- LBACの始まり はギリシャのミケーネ宮殿国家の不安定化(紀元前1250年頃から)
- 紀元前1200〜1180年、 ギリシャ全土の宮殿中心地が次々と崩壊・消滅
- 都市の中心部が残る場合もあれば、完全に放棄される場合も
- Hittite Empire も紀元前1100年代初頭に崩壊、首都HattusasやTroyなどが破壊
- 一部都市は再建されるが、 中央集権体制は消滅
- 北レバント・シリア・北メソポタミア ではAssyrian Empireが縮小、主要都市Ugaritなどが破壊
- Ugarit王がヒッタイトに救援を求める粘土板が発見されている
- ただし、 Assyrian Empire自体は完全崩壊せず、Babylonも一時的な衰退のみ
- レバント南部 では、主要都市SidonやByblosは破壊されず、 鉄器時代まで存続
- エジプト新王国 もリビア人の侵入や内乱などで弱体化
- 紀元前1188年に内乱、王朝交代
- 紀元前1180年頃には「 海の民」の侵攻を撃退
- 経済的困難や分裂が進行し、 新王国の終焉と第三中間期へ突入
まとめ
- LBACは一様な文明崩壊ではなく、地域ごとに多様な経過と影響
- 主な特徴は、 主要都市・国家体制の崩壊や縮小、人口減少、都市化の後退
- 原因や経過には不明点が多く、 考古学的発見により今後も理解が変化
- この崩壊は、 東地中海・中東の歴史的転換点 として非常に重要