概要
- MMORPGの歴史の一部と、先駆者が必ずしも恩恵を受けない現象の紹介
- Ultima Onlineが市場を開拓し、EverQuestが商業的成功を収めた事例
- EverQuest誕生の裏側と、Sonyの意外な関与
- 主要人物John Smedleyと、開発者Brad McQuaidとSteve Cloverの出会い
- Ultima OnlineとEverQuestの設計思想の違い
MMORPG黎明期の勝者と敗者
- MMORPG市場 の1990年代後半、先駆者が必ずしも成功しない現象
- Ultima Online がオンラインファンタジー世界の需要を証明した先駆者
- EverQuest がUltima Onlineの失敗から学び、商業的大成功を収めた後発組
- 先行者利益の重要性はあるものの、 二番手の利点 も無視できない事実
- EverQuest はUltima Onlineの失敗例を参考にし、完成度の高い作品として登場
EverQuest誕生の舞台裏
- EverQuest の開発は、Sony Interactive Studios Americaの社内プロジェクトとして開始
- 当時のSonyは家庭用ゲーム機PlayStationで大成功、PCゲーム分野にはほぼ無関心
- プロデューサー John Smedley が、個人的な情熱から企画を推進
- Smedleyはスポーツゲームが主流のSonyでDungeons & Dragons好きの異端児
- Smedleyの上司 Kelly Flock が、80万ドルの予算でプロジェクト調査を許可
開発者との運命的な出会い
- Smedleyがインターネットで見つけた WarWizard のデモがきっかけ
- WarWizardの開発者 Brad McQuaid と Steve Clover は、日中は園芸会社で自動化システム開発
- シェアウェアとしてWarWizardを公開、1500本の登録数(諸説あり)
- Smedleyが彼らに連絡し、Sony本社で面談
- Smedley自身もD&DやUltimaのファンであり、彼らにオンラインCRPG開発を依頼
EverQuestの設計思想と開発体制
- McQuaidとCloverはMUDプレイヤーでもあり、Smedleyのビジョンを即座に理解
- 1996年3月、Sonyに雇用され、6ヶ月かけて EverQuest の詳細設計書を作成
- Smedleyの方針で、最初から詳細まで仕様を固めてから開発開始
- Ultima Onlineは実験的・理想主義的だったのに対し、EverQuestは「友人と遊ぶ楽しいゲーム」を重視
- コミュニティ形成や経済システムなどの壮大な要素は設計書になし
- DikuMUD (コペンハーゲン大学の学生によるオープンソースMUDツールキット)の影響大
- DikuMUDは「効率的で楽しい進行」を重視し、EverQuestの設計に大きく影響
Ultima OnlineとEverQuestの違い
- Ultima Onlineは「仮想社会の実験」として理想を追求
- EverQuestは「ゲームとしての楽しさ」を最優先
- 両者のアプローチの違いが、その後のMMORPGの方向性を大きく左右
- EverQuestの成功が、後続MMORPGに「遊びやすさ・明快さ重視」の潮流を生む
- 理想主義的な要素は後退し、ゲーム性中心の設計が主流となる転換点
まとめ
- MMORPGの歴史は、必ずしも先駆者が勝者になるとは限らない事例
- EverQuestは、先人の失敗を糧に「遊びやすさ」と「商業性」を両立
- Sonyの意外な挑戦、開発者の情熱、そして設計思想の違いが大きな分岐点
- 以降のMMORPGは、EverQuest型の「ゲーム重視」の設計が主流となる
- 理想と現実、先駆者と後発組の対比が、ジャンルの発展に大きな影響