概要
- Atari時代 から始まった「ゲームを芸術に」という長年の挑戦の軌跡
- Gossip、 Excalibur、 Erasmatron、 Storytron、そして Le Morte d’Arthur までの試行錯誤
- 技術や発想の先進性ゆえに 理解や普及に苦しんだ経緯
- 最後にたどり着いた「 自分のための作品」としてのLe Morte d’Arthur
- 失敗と達成感、そして後進へのバトン
ゲームを芸術に:Atari時代からの挑戦
- 1982年、 Atariの同僚 に「本物の芸術となるゲームを作りたい」と語った原点
- 翌年、 Gossip というシンプルな人間関係ゲームを開発
- 「人は自分の好きな人を好きな人が好き」という 人間心理の表現 に挑戦
- プレイヤーには 直感的理解が難しかった という課題
- Gossipの発想 をArthurianゲーム Excalibur に応用
- Atari崩壊 後、フリーランスのゲームデザイナーとして活動
インタラクティブ・ストーリーテリングの模索
- 1990年、 Balance of the Planet 発表後、「ゲームを芸術に」の夢へ再挑戦
- Arthurianゲーム で人間関係の表現を深めることを決意
- パブリッシャーからは「 DoomやMystの亜種しか売れない」と断られる
- Markle Foundation から35万ドルの支援を受け、 Erasmatron 開発へ
- 他者がインタラクティブなストーリーワールドを作れるツール
- 情報伝播や秘密管理 など、物語的プロセスを実装
- 利用者はほぼ現れず、唯一Laura Mixonが利用
StorytronとDeiktoの誕生
- Erasmatron を進化させた Storytron 開発
- Deikto という「トイランゲージ」技術を中核に据える
- 物語世界に必要な動詞・単語だけで構成
- 数百の動詞 で十分な表現力
- 子供向け、企業向けなど 文脈ごとに語彙を最適化
- プロ向け開発環境より学習は容易 だが、 熱意ある利用者が現れず
- 10年かけて開発、資金も投入したが普及せず
- Deikto という「トイランゲージ」技術を中核に据える
Sibootと挫折
- Storytron活用 の最後の試みとして Siboot を開発
- 数年を費やすも「 物語が機械的」と自己評価
- 1987年版の エンカウンター技術 の必要性を痛感
- 意欲を失い開発中止
Le Morte d’Arthur:到達点と自伝的物語
- 2018年、 Storytronから撤退 を決意
- 2020年、70歳を機に 最後のArthurianゲーム 制作を決意
- これまでの知見を集約し、 Le Morte d’Arthur を完成
- 本物のインタラクティブアート としての達成感
- プレイヤー数は少数 だが「世界の問題」と受け止め、満足
- 技術を他者に公開しようと試みるも、 再び無反応
Narrascopeと最後の挑戦
- 2024年、 Narrascope(インタラクティブフィクションのカンファレンス) に注目
- ストーリーテラー向け に技術を簡素化しWeb版を開発
- 技術的苦戦 や友人Dave Walkerの助力
- 講演とワークショップ準備に尽力
- 当日、飛行機トラブルで現地参加できず、ビデオ講演は不発
- 反応ゼロ に終わり、「もう十分だ」と決断
成功と失敗の総括
- 自分のために作った時(Le Morte d’Arthur)は成功
- 他人のために作った時は失敗
- 世界がまだ準備できていない という実感
- Charles Babbage になぞらえ、時代を先取りしすぎた孤独感
- Le Morte d’Arthur は自伝的メタファー
- 最後の MerlinとArthurの対話 に想いを重ねる
- 「 不可能に挑み、物語を遺すことの価値」
- 「 運命に抗い、偉大な失敗を成し遂げる意義」
- 最後の MerlinとArthurの対話 に想いを重ねる
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