これは本当に素晴らしい観察だね。さらに言うと、>「こういう場所に入ると、すごく不思議で、ほとんど奇妙な感覚になる。中は外よりもずっと大きくて壮大に感じる。」っていうのもあるよね。人々がいるのに適した場所にいることを本能的に求めるのは理解できる。場所が他の人々にとって歴史的に良かった証拠があるかどうかが、一番分かりやすい判断基準だと思う。もしかしたら、私たちには人間の活動のサインをキャッチする潜在意識的な処理があるのかも。つまり、摩耗や建物、改造などのこと。人間がその場所で過ごしたときに環境に残した痕跡。過ごした時間は「ここは良い人間の場所だ」という票のようなものだよね。同時に、ゴミ捨て場やスラグヒープ、他の人間が利用して使い果たした環境にいるのは避けたい。そこは良い場所じゃないから、ただ使われているだけじゃなくて、使い尽くされているから。だから私たちが探すべきは、人間の活動のサインだけじゃなくて、特定の「気遣い」の活動なんだ。空間に残された、もっと魅力的にするための痕跡。著者がここで言いたいのは、こういう小さくて古びた空間には、深い気遣いの蓄積があるってことだと思う。そこには過去の人々が残した痕跡の情報密度があって、実際の大きさよりも大きく感じる。場所は空間的には大きくないけど、時間的には大きいんだ。巨大なモールや企業のオフィスに入っても、何もないから圧迫感を感じることがあるけど、それは歴史や生きた経験とのつながりがないからなんだよね。