概要
left-pad事件 から8年が経過。 当時の経緯や心境を 振り返り。 NPMやKik Messengerとのやりとり 背景説明。 事件後の人生や価値観の 変化。 オープンソースへの思いと 今後の方向性。
left-pad事件を振り返って
- left-pad事件 から8年経過、これまで話題を避けていた理由は実務への集中
- 沈黙は金 という考えもあったが、事件が書籍などで語られるため詳細を共有
- 2016年当時は毎週末、電波の届かない場所で キャンプ生活
- パッケージ削除 の決断は論理や怒り、欲からでなく、自然の中での自己対話から生まれた直感
- NPMが自らの規約 を破り、1つのパッケージを削除したことへの対応として「全て削除」を要求
- ルールそのものよりも ルールの精神 を重視する立場
- 文脈次第では「善意」でパッケージ削除要請もあり得るが、今回は Kik Messengerの圧力 が背景
- Kik Messengerから「ドアを叩く」「アカウントを削除する」といった 威圧的な脅し
- NPMはKikを恐れ、規約違反 を選択、コミュニティの魂より「高い」ものを優先
- 自分自身はKikの脅しを恐れず、 NPMの選択 に失望
- 多くの人が事件を「怒った男が企業に抗議」と単純化しがち
- メールの時系列 を見ていない
- 圧力下で信念を貫く経験がない
- Al-Ghazali を読んでおらず、自由人の意思決定を理解していない
- NPMには事前通知 し、猶予を与えた上での削除依頼
- NPM側は自ら 一括削除スクリプト を提供
- NPM内部には 開発者軽視 の態度があり、非合理な判断の連続、責任転嫁が発生
- 自分のOSSは Unix哲学 に則り、1つの機能に特化した350以上のパッケージ
- 表面的には利用者が少なく、NPMも 利用状況を把握せず
- 影響範囲の調査 や配慮なく削除を進めたNPMの姿勢に疑問
事件後の人生と価値観の変化
- left-pad事件後、 数ヶ月で退職し米国を離れる
- モロッコ、ヨルダン、トルコ、インドネシア で1年間放浪
- Lycian Way などのトレイルを歩き、誰も知らない新たなキャンプ地を発見
- left-pad事件は「 死と再生」の体験、OSSへの情熱は消失し新たな価値観が誕生
- 現在は ビジネス、マーケティング、組織運営 にも強い関心
- 人生は続く、新たな情熱で前進
終わりに
- 読者への感謝 の気持ち
- left-pad事件を通じて得た 経験と成長