概要
- 前回は理想的な条件下での農民家族の生産性を検討
- 今回は現実的な土地規模と資本制約を考慮
- 平均的な農民の土地所有は非常に小規模
- 家族労働力に対し土地が圧倒的に不足
- 土地不足が社会構造や移住・征服の動機に直結
前近代農民の土地保有と生計の現実
- 前回は 無限に近い土地 と 高い収量 を仮定し、農民家族が比較的安定した生活と余剰生産を実現できることを示した
- しかし実際には 土地は有限 であり、しかも 社会的に搾取構造 が存在
- 多くの農民は ごく小規模な土地 しか保有できず、理想モデルとは大きく異なる現実
- 地主やその代理人 (ステュワード)が農民生活に大きな権力を持つ社会構造
- 大地主はしばしば複数の荘園を持ち、 不在地主 として振る舞うことも
歴史的土地配分の具体例
- モデル家族が 30〜56エーカー を耕作できるのに対し、実際の農民はこれほどの土地を持てない
- ヘレニズム期エジプトの軍人入植者の土地配分
- 歩兵:25〜30アウラ(約17〜20.4エーカー)
- 騎兵:100アウラ(68エーカー)
- これでもモデル家族の必要面積に足りないが、彼らは 地主階級 として生活
- 中世末期ヨーロッパ(Saint-Thibery村、1460年)
- 189世帯中、33.6エーカー以上の土地を持つのは15世帯のみ
- 90エーカー以上はわずか6世帯
- 一般農民の土地保有は 極めて小規模 が標準
平均的な農民の土地規模
- ローマ時代: 5〜10ユゲラ (約3.12〜6.23エーカー)
- 中国(前漢北部): 100ムー (約4.8エーカー)
- プトレマイオス朝エジプト(非エリート): 5〜10アウラ (約3.4〜6.8エーカー)
- Saint-Thibery村:平均24セットレー(約14.5エーカー)、中央値は5セットレー(約3エーカー)
- 平均値は大地主の存在で歪むため、 中央値 の方が実態に近い
モデル農家のシミュレーション:実際の土地規模での生産性
-
小規模農家(3ユゲラ=1.85エーカー)
- 68世帯中36%がこの規模以下
-
中規模農家(6ユゲラ=3.8エーカー)
- Saint-Thibery村の中央値に近い
-
大規模農家(9ユゲラ=5.6エーカー)
- 上位層の農民に相当
-
各規模での耕作地・休耕地の比率を1/3休耕と仮定
-
小規模農家では 必要労働力に比べて土地が圧倒的に不足
-
実際の生産量は 家族の最低限の生存ラインにすら届かない 場合が多い
生産量と労働力の関係
- どの規模でも 家族の労働力が大幅に余る 一方で、土地が全く足りない
- 例:小規模農家(3ユゲラ)の場合
- 労働日数要求:22〜30日
- 労働力余剰:400日以上
- 生産量:必要量の 14〜32% (最良条件下でも)
- 中・大規模でも 必要量の半分以下 しか得られないケースが大半
農民が取れる対策と限界
- 小規模菜園 や高密度作物で補う努力
- しかし 保存性や労働負担 に限界
- 穀物(特に小麦)への依存度増加
- 土壌疲弊や輪作の必要性で限界あり
- 結果として、 家族の規模に対し土地が圧倒的に不足 し、分割相続による極小単位化が進行
土地不足がもたらす社会的・歴史的影響
- 農民家族が「 生産単位」かつ「 消費単位」であるため、土地不足は直ちに生活困窮へ
- 「 土地の希少性」が移住や征服、入植の動機となる
- 新天地で30〜40エーカー確保できれば 生活水準が劇的に向上
- 遊牧民と農民の衝突、植民・征服の歴史的背景
- 新規開墾地でも 既存の搾取構造が再生産 されやすい社会構造
このように、前近代の農民は 極小の土地 しか持てず、 労働力の大幅な余剰 と 生産量の不足 に悩まされていた。土地不足は単なる経済問題ではなく、 社会構造や歴史的動態 に深く影響していたことが分かる。